それで妙子は、おさく師匠の体のことを気にしないでもなかったものの、つい無沙汰がちに過していたと云うのは、何分師匠の住宅と云うのが天下茶屋の方にあって、阪急の蘆屋からは、大阪を北から南へ突き抜けて、難波から又南海電車に乗らなければならなかったし、稽古は嶋の内の稽古場の方へ行けばよかったので、まだ一遍もその家を訪ねたことがなかったからであった。
ところへ突然そんな通知を受け取ったと云う訳であったが、腎臓病から尿毒症になったとあるので、相当重い容態であることは察しられた。
「どんな様子か、こいさん明日見舞いに行ったげてくれへん?