万事に旧弊で退嬰的な人ではあったが、近来上方舞が時勢に取り残されて行くのを見ては流石にじっとしていられず、機会があれば東京へ打って出ようと云う考が動いていたこと。
まだ御当人は死ぬなどとは思わず、本卦還りの歳になったら南の演舞場を借りて花々しい会を催すのだと云っていたことなど。
………尤も妙子は、わりに新しく入門した弟子で、ようよう近年おさく師匠と親しくなったに過ぎないので、人々の話を幸子と二人で慎ましく聴いていただけであったが、それにしては師匠も特別に眼をかけてくれ、自分もいつかは名取にして貰おうと云う下心がないでもなかったのに、今はその望みも空しくなったのであった。