子供の云うことで、少し頼りないような気がしたので、翌朝幸子は庭の境界の金網越しにシュトルツ夫人と顔が合った時、昨日悦子からちょっと伺いましたけれども、ほんとうですかと、念を押してみると、ほんとうですと云う答であった。
夫人の云うのには、わたしの旦那さん、日本が事実上の戦争を始めてからさっぱり商売がありません、神戸の店、今年になってから殆ど休んでいるようなものです、直きに戦争が終るかと思って今日まで待ってみましたけれども、まだいつ終るか分りません、わたしの旦那さん、いろいろ考えました、そして独逸へ帰ることにきめました、と云うのであった。
彼女はなお言葉を継いで、自分の夫はもとマニラで商売をしていたのが、二三年前に神戸へ渡って来たのであるが、折角東洋を根拠にして地盤を築き上げたのに、数年の努力を水の泡にしてこの際帰国すると云うのは残念でならない、それに私と子供たちとは、あなた方のようなよい隣人を持ったことをこの上もなく仕合せに感じていたのに、そのあなた方と別れなければならないことも、大変辛い、私よりも子供たちの方が一層それを辛がっている、と云うような話をした。