夫人の云うのには、わたしの旦那さん、日本が事実上の戦争を始めてからさっぱり商売がありません、神戸の店、今年になってから殆ど休んでいるようなものです、直きに戦争が終るかと思って今日まで待ってみましたけれども、まだいつ終るか分りません、わたしの旦那さん、いろいろ考えました、そして独逸へ帰ることにきめました、と云うのであった。
彼女はなお言葉を継いで、自分の夫はもとマニラで商売をしていたのが、二三年前に神戸へ渡って来たのであるが、折角東洋を根拠にして地盤を築き上げたのに、数年の努力を水の泡にしてこの際帰国すると云うのは残念でならない、それに私と子供たちとは、あなた方のようなよい隣人を持ったことをこの上もなく仕合せに感じていたのに、そのあなた方と別れなければならないことも、大変辛い、私よりも子供たちの方が一層それを辛がっている、と云うような話をした。
で、彼等の予定では、父親のシュトルツ氏と長男のペータアとが今月のうちに先発して、亜米利加経由で帰国する、夫人はローゼマリーとフリッツとを伴って、来月一旦マニラへ渡り、同地の妹の家に暫く滞在して、それから欧洲へ立つことにする、と云うのは、その妹の家族も今回帰国することになったのであるが、妹は目下本国で病気に罹って臥ているので、夫人が妹の家の後始末をつけ、荷纏めをして、自分の子供の外に妹の子供三人を連れて引き揚げることになったのだと云う。