で、仕方がないので十七日の日にペータアのために送別のお茶の会をして、ペータア、ローゼマリー、フリッツ等を招いたが、一日置いて、十九日には、シュトルツ家で子供たちのために名残のお茶の会が催され、ペータアやローゼマリーの友達である独逸の少年少女たちが集った中に、唯一の日本人として悦子も呼ばれた。
その翌日の午後、ペータアはひとりで蒔岡家へサヨナラを云いに来、家族の者に一々握手をして、自分は明日の朝パパと一緒に三宮から横浜へ向けて立つことになった、亜米利加を廻って独逸へ着くのは九月の上旬になると思うが、独逸ではハンブルクに住む筈であるから、どうか今度はあなた方の方から是非ハンブルクへ来て下さい、と云うような挨拶をしたが、亜米利加を通る時に何かエツコさんに買って送って上げたいから、欲しい物があったら云って下さい、と云うことだったので、悦子は母と相談して、靴を送ってくれるように頼んだ。
するとペータアは、そんならエツコさんの靴をちょっと貸して下さいと云って、借りて帰ったが、直ぐ又紙と鉛筆と巻尺を持って戻って来、ママに話したら、靴を借りるよりもエツコさんの足の大きさを測って来た方がよいと云われたので、測りに来たと云い、自分で紙をひろげて悦子の足をその上に載せ、ママに云い付けられた通りに型と寸法とを取って帰った。