姉は幸子のために、階下は子供たちがうるさいからと云って、この家では兎も角も客を通す座敷となっている二階の八畳を空けて置いてくれたので、先ずその部屋に旅行鞄を運び込んだ彼女は、それでも床の間に大阪から持って来た栖鳳の鮎の軸が掛っているのを見た。
亡くなった父はひとしきり栖鳳のものを集めていたのを、整理の時に大概手放してしまって、これは僅かに一二幅残してあったうちの一つなのであるが、見覚えのある品はこれだけではなかった。
その軸の前に置いてある朱塗の八足台の卓も、欄間にかかっている頼春水の書も、壁に寄せてある蒔絵の棚も、その棚の上の置時計も、皆その一つ一つを見れば、それらが置いてあった上本町の家の隈が幻影のように浮かぶのである。