それに彼女は、自分がそう云う躾方をされたことがないので、伯母の折檻が始まると、脅えたような眼つきをして伯母の顔を盗み視るのであった。
幸子は、自分達姉妹のうちで一番と云ってもよいくらい優しいところのある姉を、そんなことで悦子が悪く思うようになりはしまいか、又それが彼女の神経衰弱に変な影響を及ぼしはしまいか、と云うようなことも心配になって来て、旁〻先にお春を附けて帰すに越したことはないと思ったのであるが、困ったことには、櫛田医師から紹介状を貰って来た東大の杉浦博士が目下旅行中で、九月上旬でなければ帰京しないと云うことなので、それを待たなければ、悦子を東京へ連れて来た目的が果たされないのであった。
幸子は考えて、まだ滞在が長びくのであったら、旅館へ移る方がよいかも知れない、浜屋と云う家は行ったことはないけれども、そこの女将はもと大阪の播半の仲居をしていた人で、亡くなった父もよく知っていたし、自分も「娘さん」時代から顔見知りの仲であるから、始めての旅館へ泊るようなものではあるまい、夫の話では、もと待合であったのを旅館に直したので、部屋数も少く、お客と云うのも大部分は気心の分った大阪の人達であり、女中にも大阪弁を使う者が多いと云った風で、泊っていても家庭的で、東京にいるような気がしない、と云うように云っていたから、いっそそうした方が、………とも思ったけれども、姉が何かと心を遣ってもてなしてくれるのを見ては、そうも云い出しにくかった。