と、その言葉が讖を成したのでもあるまいが、恰もその夜、大正何年以来と云う猛烈な颱風が関東一帯を襲って、幸子は自分に関する限り、生れて始めてと云ってよい恐怖の二三時間を経験したのであった。
風の害の少い関西に育った幸子は、そんな凄じい風もあるものだと云うことを知らなかったので、そのためになお驚きが大きかったのでもあろう。
尤も、四五年前、昭和九年の秋であったか、大阪の天王寺の塔が倒れ、京都の東山が裸にされた時の烈風は彼女も知っており、二三十分ほど恐いと思った覚えもあるけれども、でもあの時は、蘆屋辺は大したことはなかったので、天王寺の塔が倒れたことを新聞で読んで、それほどひどい風だったのかと意外に感じたくらいであり、勿論今度東京で経験したのとは、比べられるようなものではなかった。