幸子は、夫を家に残して娘と二人旅先の宿に泊るなどと云うことは、これも始めての経験であるところへ持って来て、夜が更けるに連れて、昨夜の恐怖が又もや思い出されて来るので、アダリンを飲んでみたり、持薬に持って来たブランデーを舐めてみたりしたけれども、容易に眠ることが出来ず、明け方の電車の音が聞える時分までまんじりともしないでしまった。
悦子も矢張そうであったと見え、寝られない寝られないと云って頻りに懊れ、お母ちゃん悦子明日帰るよ、杉浦博士に診てもうええ、こないしてたら神経衰弱ひどうなるばかりやわ、悦子それより早う帰ってルミーさんに会いたいねん、………と、駄々を捏ねたりしたが、それでも朝になってから鼾を掻いてよく眠った。
幸子は七時頃に、自分はとても寝られないと諦めて、悦子の睡りを破らないようにそうっと起きて新聞を取り寄せ、築地川の見える廊下に出て、籐椅子にかけた。