彼女は近頃世界の視聴を集めている亜細亜と欧羅巴の二つの事件、―――日本軍の漢口進攻作戦とチェッコのズデーテン問題、―――の成行がどうなるであろうかと、朝な朝なの新聞を待ち兼ねるくらいにして読むのであるが、東京へ来てからは大朝や大毎で読むのとは違って、馴染のうすい此方の紙面で読むせいか、記事が頭へ這入りにくく、何となく親しみが湧いて来ないので、直きに新聞にも飽きて、ぼんやりと川の両岸の人通りを眺めていた。
昔、娘の時分に父と泊っていた采女町の旅館と云うのも、つい川向うの、此処から今も屋根が見えているあの歌舞伎座の前を這入った横丁にあったので、このあたりは全然知らない土地ではなく、ちょっと懐しい気持もして、道玄坂とは一緒にならないが、でもあの頃には東京劇場とか演舞場とか云うようなものは建っていず、この川筋の景色も今とは可なり違っていた。
それに、父に連れられて来たのはいつも三月の休暇の時で、九月の今頃東京にいたことはないのであるが、こうしていると、こんな街のまん中でも、風の肌触りが冷え冷えとして、いかにももう秋だと云う感が深い。