それとも旅先の風は故郷の風よりも身に沁みて感じられるのであろうか。
………何にしても、さしあたり杉浦博士の診察を受ける迄まだ四五日はあるのだが、その間をどう過したらよいか。
幸子は実は、九月になれば菊五郎の芝居が開くものと思い、ちょうど好い折だから悦子も連れて行ってやることにしよう、悦子は舞が好きであるからきっと所作事を喜ぶであろうし、それに、彼女が成人する時分にはもう歌舞伎劇の伝統なども崩れてしまうかも知れないから、今のうちに菊五郎あたりを見せて置いてやらなければ、………と、幼少の頃父に連れられて興行毎に鴈治郎を見に行った自分の身に引き比べなどして、そんなことを考えていたのであったが、新聞で見ると、九月にはまだ一流の歌舞伎劇は何処も始まっていないことが分った。