幸子は実は、九月になれば菊五郎の芝居が開くものと思い、ちょうど好い折だから悦子も連れて行ってやることにしよう、悦子は舞が好きであるからきっと所作事を喜ぶであろうし、それに、彼女が成人する時分にはもう歌舞伎劇の伝統なども崩れてしまうかも知れないから、今のうちに菊五郎あたりを見せて置いてやらなければ、………と、幼少の頃父に連れられて興行毎に鴈治郎を見に行った自分の身に引き比べなどして、そんなことを考えていたのであったが、新聞で見ると、九月にはまだ一流の歌舞伎劇は何処も始まっていないことが分った。
とすると、毎晩銀座の散歩でもするより外に、格別行ってみたいものもない。
そう思うと何だか急に里心がついて、悦子の云い草ではないが、診察などは今度のことにして、今日にも立ってしまいたくなるのであったが、たまに一週間程やって来てさえこんなにも関西が恋しいとすると、雪子があの道玄坂の家にいて、蘆屋へ帰りたさにしくしく泣くと云う気持が、ほんとうに察しられるのであった。