そう思うと何だか急に里心がついて、悦子の云い草ではないが、診察などは今度のことにして、今日にも立ってしまいたくなるのであったが、たまに一週間程やって来てさえこんなにも関西が恋しいとすると、雪子があの道玄坂の家にいて、蘆屋へ帰りたさにしくしく泣くと云う気持が、ほんとうに察しられるのであった。
と、お春から十時頃に電話が懸って、これから此方の御寮人さんがお伺いしたいと仰っしゃっていらっしゃいますのんで、私がお供して参ります、旦那様からお手紙が参っておりますのんで持って参りますが、外に何ぞ持って参りますものは?
と云って来たので、持って来て貰うものはないけど、姉ちゃんに此方でお昼の御飯食べるつもりで早ういらっしゃい云うてほしい、と、そう云って電話を切ったが、悦子はお春に預けることにして、姉と二人で久々にゆっくり食事をするには何処がよかろう、と考えた末、姉は鰻が好きであったことを思い出した。