矢張自分が早く帰れるように手筈をして、今日明日にも診察が済んだら、どんな遅い夜汽車ででもその日のうちに立つ、と云うことにするより外はなかった。
やがて、彼女は、歌舞伎座の方から橋を渡って河岸通りを此方へ歩いて来る雪子の日傘が眼に留まると、徐かに座敷の中へ這入って、自分の顔色を見るために、次の間の鏡台の前に坐った。
そして紅の刷毛を取って二三度頬の上を撫でたが、ふと心づいて、傍にあった化粧鞄を、悦子に聞かれないように金具の音を立てずに開けて、ポッケット用のブランデーの罎を出すと、それを蓋のコップの中に三分の一ほど滴らして飲んだ。