板倉は一度、妙子の不在の時に立ち寄って、御寮人様がお帰りになったので御挨拶に伺いましたと、テラスで二三十分幸子の相手をし、台所へ廻ってお春に日光の話を聞いて帰ったきりであった。
実は幸子は、疲労の恢復を待つ一方、好い折を窺っていたのであったが、そう云う風にして日が立つうちに、奇妙なことには東京から持ち越しの疑念が次第にうすらいで行きつつあった。
あの朝浜屋の一室で手紙を開けた時の驚き、その翌日も引き続いて犇と胸を締めつけていた憂慮、寝台へもぐり込んでからも夢魔のように夜じゅう自分を苦しめた問題、―――あの時はあんなに急迫した、一日も捨て置けない事件であると感じられたのに、不思議にも我が家へ戻って朗かな朝を迎えた瞬間から、だんだん緊張が弛み始めて、そう慌てないでもよいように思われ出して来た。