きっとそうやろう思うてたわ」
妙子の話だと、奥畑が彼女と板倉との間を疑い出したのは、手紙には「水害の時以来」とあるけれども実際はその前からであるらしく、彼女には遠慮していたが、板倉にはちょいちょい厭味を云っていたのであることが、ずっと後になってから分った。
最初板倉は、自分だけが蘆屋の家へ自由に出入りすることを許されていて、奥畑には許されていないと云う事実、―――それが奥畑は何となく癪に触って、妬けてならないので、子供じみた忿懣を洩らすのだと思って、軽く聞き流していたのであったが、水害以来急に云い方があくどくなり、且妙子にも疑念を打ちまける迄になった。