そして妙子は、そのことが原因で奥畑とちょっとした諍いをし、電話が懸っても拗ねて出なかったり、わざと会う機会を与えなかったりしたことがあったが、あまり奥畑の気の揉み方が真剣なので、可哀そうになって来て、ごく最近、―――と云うのは、この手紙にもある通り今月の三日に久し振で会った。
(いつも彼女が奥畑と会うのは、仕事部屋へ往復する途中に待ち合わす場所があるらしく、奥畑の手紙にも「夙川でお目に懸った」旨を記しているが、どう云う風にして何処で落ち合うのか、委しい様子は語ったことがない。
幸子が聞くと、あの辺の松林を散歩しながら話をして別れるのだ、と云っていた)その時奥畑は、いろいろ証拠が挙っていると云って、この手紙にあるようなことを持ち出して妙子を詰り、板倉と絶交してくれなどと云ったが、妙子は命の恩人である人と絶交するのは道でないからと、それは拒絶して、今後なるべく会わないようにすること、余り板倉が蘆屋を訪問しないように仕向けること、仕事の上の関係(宣伝写真の委嘱)は完全に絶縁すること、等々を約束した。