で、ほんとうならば妙子さんは一二年間滞在して修業した方がよいけれども、後に残るのが心細かったら私と一緒に帰っていらっしゃい、半年でも行けば行っただけのことはあるし、私が運動して何とか肩書ぐらいは貰えるようにして上げよう、今のところでは、来年の正月に立って七八月頃に帰る予定なので、まあ短期間のことであるから、その間に戦争が起りもしまいが、起ったら起ったで運を天に任せよう、そんな場合にも二人なら心強いし、幸い私は独逸や英吉利にも知人があるから、いざと云う時には避難先にも困らない、と、そう云ってくれているので、こんな好い折は又とないから、自分も多少の危険を覚悟の上で連れて行って貰いたいと思う。
「今度は啓ちゃんも、板倉のことがあるよって洋行に賛成してるねんわ」
と、そう妙子は云うのであった。