それは「何卒もう一曲弾いて下さい」の意味なのであった。
夫人は夫シュトルツ氏の出発が慌しかったので、後の荷物の整理、家財道具の処分等、一切の残務を一人で片附けているらしく、毎日忙しそうに立ち働いているのが、幸子の家の二階からも窺われた。
そう云えば幸子は、この独逸人の一家が隣へ引き移って来て以来、ことさら覗いて見る訳ではなくとも、朝夕二階の縁側から庭の方を瞰おろす度に自然とその家の裏口が眼に這入るところから、夫人やアマの働き振りだの台所の様子だのを、手に取るように知ってしまったのであるが、いつ見てもコック場の器物がきちんと整頓していることは驚くべきものであった。