幸子は今でも、あの栴檀の葉越しに見た、夫人が喜びに我を忘れてシュトルツ氏に犇と抱き着いた光景をはっきり覚えているのであるが、ほんとうに、あんな情熱的なところもあるのは感心ではないか、一般に独逸の夫人は偉いと云っても悉くがシュトルツ夫人と同様だと云う訳ではあるまい、矢張これだけよく出来た人はなかなか得難いに違いなく、こう云う人を隣人に持ったのは自分の仕合せであったのに、それにしては余り呆気ない交際であった、いったい西洋人の家庭は日本人との近所附合いをしたがらないものであるが、この一家はそう云う点も如才なく、越して来た時に見事なピラミッドケーキを挨拶代りに配ったくらいであるから、此方からも打ち解けて、子供達の附合いだけでなく、もっと親密に往き来をし、料理や菓子の作り方なども教えて貰えばよかった、と、今になって幸子は惜しい気がするのであった。
夫人がそんな風であるから、幸子達の外にも名残を惜しむ隣人が少くなかったが、出入りの商人達の中には、ミシンとか電気冷蔵庫とか云うようなものを格外に安く分けて貰って喜んでいる者もあった。
夫人は不必要な家具類を、成るべく知人や出入りの者などに廉価で譲るようにして、希望者のない品物だけを全部家具屋に売り払ってしまい、纔かにピクニック用の籠に這入った食器類を残して置いて、