それから漸く、午前三時頃になって寝間に這入ったが、案の定二人ながら興奮し過ぎていつ迄も寝付かなかった。
ローゼマリーは里心が付いたものか、私これからママさんの所へ帰ります、などとむずかり出したので、夫婦はそれを宥めるために代る代る起きて来たりして、やっと明け方に寝入らせることが出来た。
悦子は出帆の当日、母と妙子に連れられて花束を持って埠頭へ行ったが、船の出るのが夜の七時過ぎだったので、子供達の見送りは割に少く、ローゼマリーの友達では独逸側にたった一人インゲと云う少女、―――悦子もシュトルツ家のお茶の会でたびたび一座したことがあって、蔭で「隠元豆々々々」と云っていた児、―――が見えた外に、日本人では悦子が来ただけであった。