幸子はそのうちに返事を出そうと思いながら、書くには書いても誰に訳して貰ったらよいか、夫は面倒がって堪忍してくれと云うし、ちょっと適当な人が見付からないので、つい億劫で延び延びになっていたが、或る夕方蘆屋川の堤防を散歩していると、嘗てシュトルツ夫人に紹介されたことのある、日本人でヘニングと云う独逸人の奥さんになっている人に行き遇ったので、ふと思い出して相談すると、お安いことです、私は巧く書けませんけれども、娘は独逸語も英語も書けますから、娘に翻訳させましょうと云って、ヘニング夫人は引き請けてくれた。
それでも幸子は、遠い国外へ手紙を出すと云うことが何となくぴんと来ないので、又暫く捨てて置いて、漸く或る日自分も認め、悦子にも認めさせて、それをヘニング夫人の許へ送り届けたのであった。
と、その直ぐ後で、紐育から悦子に宛てて小包が来たのを解いて見ると、それはペータアが亜米利加経由で帰国する途中、約束の靴を買って送って寄越したのであった。