私も何だかこの秋ばかりは物の哀れを感じていますが、今迄春の方が好きでしたのに、秋のこう云う哀れさの中にも趣があることを、今年始めて感じるようになったのは矢張年のせいでしょうか、………」と、彼女は或る時雪子へ宛てた手紙の端にそんなことを書いた。
いったい今年は、春に雪子の見合いの件があってから、六月には舞の会があり、引き続いてあの大水害、妙子の遭難、おさく師匠の逝去、シュトルツ一家の帰国、東京行き、関東大暴風、奥畑の手紙が捲き起した暗雲、………と、今迄随分いろいろな事件が多かったのに、それが此処へ来て一遍に静かになったので、一つはそのために、何かぽかんと穴の開いた、手持無沙汰な気がするのであろう。
それにつけても、幸子は自分の生活が、内的にも外的にも、如何に二人の妹達と密接に結び着いているかを、感じない訳には行かなかった。