妙子は玉置女史の出発が正月だと云うのに、もう十一月の上旬も過ぎてしまうので気が気でなく、貞之助兄さんはいつ東京へ行かはるやろうと、それとなく幸子に尋ねたりしたが、生憎貞之助は、大概二た月に一度ぐらいは上京の用事が出来るのだけれども、ここ暫く機会がなくて過ぎていたところ、鏡獅子を見た数日後に、二三日の予定で立つことになった。
出かける時はいつも急なので、幸子はそれを前日の午後、他の用件で事務所から電話が懸ったついでに聞かされたのであったが、どう云う風に話して貰ったものか、よく考を練って置く必要があるので、仕事部屋へ行っている妙子を呼び出して、直ぐに帰って来るように命じた。
と云うのは、一人前の洋裁師になるために仏蘭西へ修業に行きたい、と云う妙子の願望にはもう一つ奥があって、なぜ洋裁師になりたいかと云えば、将来奥畑と結婚した時に、自分が奥畑を養って行く場合が起りそうだから、―――と云う前提に基づいているのである。