せめて舞の稽古でも続けていたらよかったのに、それも母親が亡くなってから一二年で止めた。
彼女は寧ろ、妙子の奴は真っ黒な顔をしていて一番汚いと、父親に云われ云われしたことを覚えているのであるが、それはその筈で、父親の晩年時代には、まだ女学校在学中であったから、紅お白粉も着けず、男の児だか女の児だか分らないような服装をした、薄汚い少女であったに違いない。
当時彼女は、早く卒業して姉ちゃん達のように着飾って出歩ける年頃になりたい、そしたら自分も綺麗な衣裳を拵えて貰えるであろうと思っていたが、その望みが叶わないうちに父が亡くなり、それと同時に蒔岡家の栄華も終りを告げた。