だから雪子に云わせると、あの事件なども両親の愛情に浴することが最も薄く、親の歿後も義兄との折合が巧く行かず、家庭的に面白くない月日を送っていた結果、物に感じ易い乙女心がああ云う風に発展したのである、誰の責任でもないか知れないが、要するに環境の罪である、学校の成績などだって、こいさんはあたし達に比べて少しも劣ってはいなかったし、数学などは一番よく出来たではないか、と云うのであるが、でもあの事件が妙子の経歴に一種の烙印を捺したことに依って、一層彼女を偏らせるようになったことも確かであった。
そして今日に於いても、彼女は決して本家の兄から雪子と同等の待遇は受けていなかった。
早くから彼女を一門の異端者視していた義兄は、同じ折合が悪いと云っても、雪子には親愛の情を示したけれども、彼女は厄介者扱いにしている様子が見えたが、いつの間にかその差別観が、月々の小遣いとか、衣裳持ち物の末にまで、はっきり現れるようになった。