幸子は実は、板倉と妙子との関係についてさまざまな臆測を下してはいたものの、まさか妙子が結婚の覚悟までしていようとは思いも寄らなかったので、その告白を聞いた時の驚きは一方ならぬものがあったが、妙子は板倉が丁稚上りの無教育な男であることも、岡山在の小作農の忰であることも、亜米利加移民に共通な欠点を持つ粗野な青年であることも、よく知っていて、それらを差引勘定して、この決心に到達した、と云うのであった。
彼女に云わせると、彼はああ云う男ではあるが、奥畑のような坊々に比べれば、人間として数等上である、兎に角彼にはこの上もなく強靭な肉体があり、いざとなれば火の中へでも飛び込む勇気がある、そして、何と云っても自分で自分や妹を養って行ける技能を持っていることが第一の強みで、お袋や長兄の脛を噛りつつ贅沢をしている人間とは違う、彼は裸一貫で亜米利加三界へ飛び出して行って、誰に仕送りをして貰ったのでもなく、自ら苦学力行してその技能を習得したのである、而もそれは、相当の頭脳を必要とする芸術写真の分野であり、彼がその方面で一人前の腕になり得たと云うことは、正規の教育こそ受けないけれども、彼に一と通りの理智と感覚とがあることを示している、少くとも自分の査定に依れば、関大卒業の肩書を持つ奥畑よりは、彼の方が学問の頭もあるように思える、と云うのであって、彼女はもう、家柄とか、親譲りの財産とか、肩書だけの教養とか云うものには少しも誘惑されなくなった、そう云うものが如何に無価値であるかと云うことが、奥畑を見てよく分ったから、自分はそれよりも実利主義で行く、自分の夫となるべき人は、強健なる肉体の持主であることと、腕に職を持っていることと、自分を心から愛してくれ、自分のためには生命をも捧げる熱情を有していること、この三つの条件にさえ叶う人なら、外のことは問わない、と云うのであった。
然るに板倉は、その条件が揃っているばかりでなく、なおよいことには、田舎に兄が三人もあるので、彼には親兄弟の面倒を見る責任がなかった。