たしかあれは去年の九月の上旬、幸子が東京へ行っている留守の間に、奥畑に感付かれて一時二人が交際を差控える仕儀になり、その相談をしたことがあったが、その折始めて妙子の方から打ち明けたので、結果から云えば奥畑の干渉が一層二人を接近させてしまったのであった。
板倉は、彼女の言葉が単なる恋愛の表示でなく、結婚の申込みであると分った時、ちょっと自分の耳を疑うようなドギマギした様子を見せたが、それはわざと殊勝らしく装ったのか、でなければ、彼も流石にそこまでは予期していなかったからなのであろう。
その時彼は、僕はそんなことは夢にも考えていなかったので、余り突然で、何と御返事してよいか分りませんから、二三日考えさして下さい、と云ったが、しかしそう云う口の下から、僕としては有難過ぎて好いも悪いもありませんが、こいさんが後で後悔なさらないように、もっと熟考なさっては如何でしょうか、などとも云い、そんなことをしたら、僕が奥畑家に出入りが出来なくなるのは勿論、こいさんも本家や分家から見放されるようになるでしょう、その上二人共、社会からあらゆる誤解と迫害を受けるでしょう、僕はそれと闘って行く勇気がありますが、こいさんはよう辛抱なさるでしょうか、などとも云った。