それから又、僕はきっと蒔岡家の娘さんを巧いこと蕩し込んで身分違いの結婚をした、と云う風に云われるでしょうが、世間が云うのは構わないとして、啓坊にそう思われるのが一番辛い、などとも云い、又語調を変えて、でも啓坊の誤解を解くことは到底出来ないから、もうどう思われても仕方がない、本当のことを云うと、奥畑家は僕の主筋に違いないが、僕が実際にお世話になったのは先代の大旦那と、今の旦那(啓三郎の兄)と、お家さん(啓三郎の母)だけだ、啓坊はただ旧主の家の坊々であると云うだけで、直接恩を受けてはいない、それは、考えように依っては、僕がこいさんと結婚したら、啓坊は憤慨するであろうが、お家さんや旦那さんは、却って僕がよいことをしてくれたと思われるかも知れない、なぜならお家さんや旦那さんは、多分今でもこいさんと啓坊との結婚に賛成しておられないからだ、啓坊はそうは云わないけれども、僕の見るところではどうもそうだ、などとも云った。
そんな工合で、結局彼は一往も二往も躊躇すると見せかけながら、ずるずるに妙子の申込みを承諾したような形になった。
二人はさしあたって、自分達が結婚の約束をしたことは当分の間誰にも絶対に秘密にして置くこと、それより先決問題は妙子が奥畑との婚約を取消すことであるが、それも性急な手段を避けて、徐々に奥畑に分らせるように、出来れば奥畑が自発的に断念するように仕向けること、その最良の方策として、妙子は是非洋行すること、自分達が結婚するのはまだ二三年先でよいが、その場合方々から経済的圧迫を加えられるようなことがあるかも知れないから、今からそれに対抗する用意をして置くこと、その用意の一つとしても妙子は洋裁の技術習得に精進すること、等々を申し合せてそれを実行するつもりであったが、間もなくハタと当惑してしまった。