と云うのは、妙子の洋行の計画が、本家の反対と玉置女史の予定変更のために実現不可能になったからであった。
妙子の腹では、奥畑が自分を追い廻すのは、一つは板倉に対する意地があるのだから、自分が日本にいる間はなかなか絶縁する訳には行くまい、それで巴里へ行った後に、自分のことは諦めてくれろと云う意味の手紙を出して暫く姿を晦ましていれば、奥畑もしまいには諦めるであろう、と云うのであったが、洋行が駄目となると、恐らく奥畑は、それも板倉がいるために止めたのだと云う風に、一層曲解していよいよ彼女を追い廻すであろうと思えた。
それに彼女は、遠い外国に離れているなら、板倉と半年や一年会わずにいるのは我慢出来るが、つい目と鼻の所にいて、一方では絶えず奥畑に着き纏われながら、板倉と会わずに暮すと云うことは堪え難かった。