それから二三日の間、毎朝夫と悦子とが出かけたあとで、幸子は妙子を呼び入れては決心の程度を打診してみたが、妙子の腹はもう極まっていて動くけはいもなかった。
幸子は、奥畑と絶縁すると云うことは、本家は兎に角、私達は賛成なのだから、場合に依っては貞之助兄さんに這入って貰って、今後啓ちゃんが着き纏わないように、きっぱり話を附けて上げてもよい、洋裁の稽古のことも、今のところ公然と賛成する訳には行きかねるが、見て見ない振をしているぐらいは差支えないし、将来職業婦人になると云うことも、私達は敢て妨害はしない、本家に預けてあると云うお金のことも、今直ぐでは困るが、他日何か理由の立つ用途に当てるのであったら、適当の時期を見て、こいさんの手へ渡るように口添えをして上げてもよい、とまで云って、板倉と結婚することだけは思い止まるように説いて見たのであったが、妙子の口吻は、自分達は直ぐにも結婚したいところを、雪姉ちゃんのために待って上げているのだから、何卒それを最大の譲歩と思って欲しい、そして一日も早く雪姉ちゃんの縁を纏めて欲しい、と云わんばかりなのであった。
幸子は又、身分とか階級とか云うことは別にしても、板倉と云う人間はどうも私には信用出来ない、それは丁稚から写真館の主にまでなったのだから、啓ちゃんのような坊々とは違うだろうけれども、それだけに、そう云っては悪いが、世間擦れのした狡猾さを持っているような気がする、頭の程度も、こいさんはそう云うけれども、私達が話して見た工合では、詰まらないことを偉がったり自慢したりする癖があって、非常に単純で、低級のように思われるし、趣味とか教養とか云う方面も、成っていないように感じられる、ああして見ると、あれぐらいな写真の技術は、職業的な才能と器用さがあれば出来ることなのではないか、今のこいさんにはあの男の欠点が眼に付かないのであろうが、ほんとうによく考えて見る必要がありはしないか、私の見るところでは、生活の水準が全然違っている同士結婚して、永続きする訳がない、正直のところ、こいさんのような分別のある人があんな程度の低い人間を、どうして夫に持つ気になったのか、私には不思議で仕様がないが、ああ云う相手では直きに食い足りなくなって後悔することは、分り切っているように思う、私なんぞには、ああ云う騒々しいガラガラした人間は、ちょっとは面白いけれども一二時間も一緒にいたら辛抱がならない、と、そんな風にも云って見たが、妙子に云わせると、少青年時代から奉公に出たり移民になったりして世間を渡り歩いたのだから、多少擦れているような点もあるか知れないが、それは境遇上已むを得ないことである、あれで案外純真な、正直なところもあって、お腹の中はそう猾っ辛い人間ではない、つまらぬことを自慢する癖があるのは事実で、そのために人に嫌われることもあるけれども、それも見ようでは、無邪気で子供らしいところのある証拠ではないか、教養が足りないとか、程度が低いとか云うことは、或はそうであろうけれども、それは承知の上なのだから構わないで置いて欲しい、うちは高尚な趣味だの理窟だのが分る人でなくてもよいし、ガラガラした粗雑な人間でも差支えない、却って自分より低級な相手の方が、扱い易くて、気を遣わない、と云うのであった。