幸子は又、身分とか階級とか云うことは別にしても、板倉と云う人間はどうも私には信用出来ない、それは丁稚から写真館の主にまでなったのだから、啓ちゃんのような坊々とは違うだろうけれども、それだけに、そう云っては悪いが、世間擦れのした狡猾さを持っているような気がする、頭の程度も、こいさんはそう云うけれども、私達が話して見た工合では、詰まらないことを偉がったり自慢したりする癖があって、非常に単純で、低級のように思われるし、趣味とか教養とか云う方面も、成っていないように感じられる、ああして見ると、あれぐらいな写真の技術は、職業的な才能と器用さがあれば出来ることなのではないか、今のこいさんにはあの男の欠点が眼に付かないのであろうが、ほんとうによく考えて見る必要がありはしないか、私の見るところでは、生活の水準が全然違っている同士結婚して、永続きする訳がない、正直のところ、こいさんのような分別のある人があんな程度の低い人間を、どうして夫に持つ気になったのか、私には不思議で仕様がないが、ああ云う相手では直きに食い足りなくなって後悔することは、分り切っているように思う、私なんぞには、ああ云う騒々しいガラガラした人間は、ちょっとは面白いけれども一二時間も一緒にいたら辛抱がならない、と、そんな風にも云って見たが、妙子に云わせると、少青年時代から奉公に出たり移民になったりして世間を渡り歩いたのだから、多少擦れているような点もあるか知れないが、それは境遇上已むを得ないことである、あれで案外純真な、正直なところもあって、お腹の中はそう猾っ辛い人間ではない、つまらぬことを自慢する癖があるのは事実で、そのために人に嫌われることもあるけれども、それも見ようでは、無邪気で子供らしいところのある証拠ではないか、教養が足りないとか、程度が低いとか云うことは、或はそうであろうけれども、それは承知の上なのだから構わないで置いて欲しい、うちは高尚な趣味だの理窟だのが分る人でなくてもよいし、ガラガラした粗雑な人間でも差支えない、却って自分より低級な相手の方が、扱い易くて、気を遣わない、と云うのであった。
そして、中姉ちゃんはそう云うけれども、板倉はうちをお嫁に迎えることを非常な名誉に感じている、当人ばかりでなく、田中の家にいる妹も、田舎にいる親達も、兄達も、そう云うお宅の娘ちゃんに来て戴いたら自分達も鼻が高いと云って、涙を流して喜んでいる、うちが田中の家へ行くと、板倉は妹を掴まえて、お前等そんな所からこいさんに挨拶する身分やあれへんねん、昔やったら次の間に手ェつかえて物云うたんやで、と云ったりして、兄妹でうちを下へも置かないようにする、などと、しまいには惚気交りにそんなことを云う始末であった。
幸子はそう云う話を聞くと、僕は蒔岡家のこいさんを嫁に貰うんやでと、例の調子で得意になっている板倉の様子が眼に見えるようであったが、当分秘密にするなどと云いながら、もうそのことを田舎へ行って吹聴しているのかと思うと、いよいよ不愉快になるのであった。