夫婦はそこまで話し合って来て、図らずも考が別々であることを見出した。
幸子が奥畑を嫌い出したのは、貞之助の意見に影響されたのが始まりで、今では確かに好感を持っていないのだけれども、しかし板倉と比較しては、いくら何でも奥畑が可哀そうだと云う頭なのであった。
それは坊々育ちの極道者かも知れないし、甲斐性なしであることも事実であろうし、見るから軽薄な、感じの悪い青年であることは分っているけれども、もともと彼女とは幼な馴染の、船場の旧家の生れであり、同じ人種のようなものであって見れば、好きも嫌いもその範囲内でのことである。