が、当人は人目を避ける積りでわざと外套を着ているのであろうが、その外套と云うのが、ロスアンジェルス時代のものらしい映画俳優好みの派手な柄なので、却って目立っているのであった。
妙子の「雪」は去年も一度出しているので、することにソツはなかったが、何分あれ以来稽古を怠っていて、今度の出演が決定してから急に一箇月程練習しただけであり、それに、今迄は郷土会と云っても神杉邸の日本座敷の置き舞台か、蘆屋の家の洋間で舞ったぐらいなことで、こう云う本式の観客席を前にした舞台で舞うのは始めてなので、何となく幅の足りない、周りに空間が有り過ぎると云った感じがするのは是非もなかった。
当人もかねてそれを懸念したらしく、地方で舞を引き立てるように、今日は特に幸子の琴の師匠である菊岡検校の娘を煩わして、三味線に出て貰ったのであったが、それでも決して上ったり気怯れがしたりするのではなかった。