当人もかねてそれを懸念したらしく、地方で舞を引き立てるように、今日は特に幸子の琴の師匠である菊岡検校の娘を煩わして、三味線に出て貰ったのであったが、それでも決して上ったり気怯れがしたりするのではなかった。
貞之助が見ていると、持ち前の落ち着きを失わないで、何処迄も悠々と舞っている態度が、とても一箇月やそこらの練習で、始めてこう云う晴れがましい舞台に立った人のようではない。
それが、一般の観客はどうか分らないが、貞之助には、如何にも人を食った、褒められようが腐されようが構わないと云った風な、度胸で舞っている感じがして、小面憎くさえ思えるのであったが、でも考えれば、彼女は今年二十九と云う大年増で、もう芸者ならば老妓と云ってもよい年頃だとすると、そのくらいな度胸があっても不思議はない訳であった。