幸子の話では、自分も実は今日の会に啓坊が見に来はしないかと思い、会場で話しかけられたりしたら面倒だと云う気があったが、こいさんに聞くと、今日のことは啓ちゃんには何もしゃべらないから、多分知らないであろう、それに啓ちゃんは、日曜以外の日は、毎日午後の二三時間店で執務することになっていて、いつでも出られると云う体ではない、と云っていた、それでも自分は、今日の催しのことは新聞の演芸欄にも二三行の記事が載ったから、啓坊もあれを読んだかも知れないし、読んだとすれば当然こいさんの出演と云うことにも考え及ぶであろうから、ひょっとしたら何処かで招待券を手に入れて、見に来ているであろうと思って、時々観客席の方へ気を配っていたけれども、「雪」が始まる前には確かに見かけなかった、殊に雪子ちゃんは、楽屋よりは観客席に多くいたので、来ていれば気が付く筈であるが、何とも云っていなかったところを見ると、或はあなたと前後して入場したか、でなければ、啓坊にも何か魂胆があって、此方に見付けられないように、隠れて見物していたか、孰方かであろう、それで、板倉が来たことも、こいさんはどうか分らないが、自分や雪子ちゃんは知らなかったし、ましてそんな活劇があったことなどは尚更知らない、と云うのであった。
「ええ塩梅に、楽屋では誰も知らなんだらしいけど、知れたらほんまに体裁が悪いわ」
「ま、板倉は下手に出てるよってに大した事にもならなんだけど、こいさんのために、二人の男が場所柄も忘れて喧嘩するなんて云うことは、あんまり見っともええこッちゃないな。