そう云えば、あれから長い間空家になっていた旧シュトルツ邸も、漸く借り手がついて、夜な夜なコック場の硝子戸の中から燈火が洩れるようになった。
主人と云うのは瑞西人だそうで、名古屋の或る会社の顧問とかをしていて、始終留守がちであり、家には、姿は西洋人臭いけれども容貌はフィリッピン人か支那人のように見える若い夫人が、アマを使って暮していた。
子供がないのでシュトルツ時代のような陽気さはなく、森閑と静まり返っていることが多かったが、それでも、垣一と重向うの、荒れて化物屋敷じみて来かかっていた洋館に、人が住むようになったことはえらい違いであった。