去年の花見に嵐山へ行った時にも、秋に大阪歌舞伎座へ鏡獅子を見に行った時にも、彼は渡月橋の上だの劇場の廊下だので、こんな工合に、妻が不意に涙を落すのを見、又その後でケロリと直ってしまうのを見たのであったが、その時も矢張そうで、明くる朝になると、幸子は夜中に泣いたことなど忘れたような顔をしていた。
キリレンコの妹のカタリナが、豪華船シャルンホルスト号に乗って独逸へ立ったのも、その月のうちのことであった。
貞之助たちは、一昨年夙川の彼等の家へ招かれてから、一度お返しをしなければと云いながらそのままに過してしまって、時々電車などで顔を合わす外には往き来したこともなかったけれども、妙子を通じて、あの「お婆ちゃん」や、キリレンコ兄妹や、ウロンスキー等の消息は絶えず聞かされていた。