それと云うのが、親爺は東京で修業したものの、生れは神戸の人間なので、握り鮨ではあるけれども、彼の握るのは上方趣味の頗る顕著なものであった。
たとえば酢は東京流の黄色いのを使わないで、白いのを使った。
醤油も、東京人は決して使わない関西の溜を使い、蝦、烏賊、鮑等の鮨には食塩を振りかけて食べるようにすすめた。
それと云うのが、親爺は東京で修業したものの、生れは神戸の人間なので、握り鮨ではあるけれども、彼の握るのは上方趣味の頗る顕著なものであった。
たとえば酢は東京流の黄色いのを使わないで、白いのを使った。
醤油も、東京人は決して使わない関西の溜を使い、蝦、烏賊、鮑等の鮨には食塩を振りかけて食べるようにすすめた。