彼女がいつも東京に在って思いを関西の空に馳せる時、第一に念頭に浮かぶのは蘆屋の家のことであるのは云う迄もないが、何処か頭の隅の方に、折々は此処の店の様子や、親爺の風貌や、彼の庖丁の下で威勢よく跳ね返る明石鯛や車海老のピチピチした姿も浮かんだ。
彼女は孰方かと云えば洋食党で、鮨は格別好きと云う程ではないのだけれども、東京に二た月三月もいて、赤身の刺身ばかり食べさせられることが続くと、あの明石鯛の味が舌の先に想い出されて来、あの、切り口が青貝のように底光りする白い美しい肉の色が眼の前にちらついて来て、それが奇妙にも、阪急沿線の明るい景色や、蘆屋の姉や妹や姪などの面影と一つもののように見え出すのであった。
そして、貞之助夫婦も、雪子の関西に於ける楽しみの一つがこの鮨にあることを察していて、大概彼女の滞在中に一二度は此処へ誘うのであるが、貞之助はそんな時に、幸子と雪子の席の間に自分の席を占めるようにして、時々、目立たぬように、妻と二人の義妹たちへそっと杯を廻してやるのであった。