病状は順調な経過を辿り、一週間後には熱も漸く下って行ったが、それでもこの病気は、体じゅうの紅いぶつぶつが乾せて、瘡蓋が落ちるようになり、全身が一と皮剥けてから全快するので、それ迄には四五十日は懸る、と云うことなので、京都行きを済ませたら間もなく立つ積りでいた雪子は、当分足止めを食わされた形になった。
彼女は東京へ訳を云ってやって、衣更えの衣類を取り寄せなどして、看護に身を打ち込んでいたが、そんな役目を引き請けてでも、東京に帰るよりは此方で暮す方が楽しいらしかった。
そして、自分以外の者が離れの方へ来ることをやかましく云って、中姉ちゃんは病気には負け易いよってにと、幸子をさえも病室から遠ざけるようにしたので、幸子は病人の児を抱えながら何の苦労もなく、手持無沙汰な日を送ったが、悦ちゃんは心配ないさかい歌舞伎座見に行って来なさいなどと、雪子は云った。