彼女は東京へ訳を云ってやって、衣更えの衣類を取り寄せなどして、看護に身を打ち込んでいたが、そんな役目を引き請けてでも、東京に帰るよりは此方で暮す方が楽しいらしかった。
そして、自分以外の者が離れの方へ来ることをやかましく云って、中姉ちゃんは病気には負け易いよってにと、幸子をさえも病室から遠ざけるようにしたので、幸子は病人の児を抱えながら何の苦労もなく、手持無沙汰な日を送ったが、悦ちゃんは心配ないさかい歌舞伎座見に行って来なさいなどと、雪子は云った。
それと云うのが、今月は又菊五郎が大阪へ来て道成寺を出しているからなので、幸子は菊五郎の所作事のうちでも女形の踊が、取り分け道成寺が好きであるところから、今月はどんなことがあっても逃さないつもりでいたのに、生憎の事件が持ち上ったことを悲観していた際であったので、雪子の言葉は図星を刺した訳であった。