それと云うのが、今月は又菊五郎が大阪へ来て道成寺を出しているからなので、幸子は菊五郎の所作事のうちでも女形の踊が、取り分け道成寺が好きであるところから、今月はどんなことがあっても逃さないつもりでいたのに、生憎の事件が持ち上ったことを悲観していた際であったので、雪子の言葉は図星を刺した訳であった。
が、いくら何でも芝居見物は母親として呑気らしいので、舞台の六代目を偲ぶよすがに、和風の道成寺の音盤を懸けて纔かに腹の虫を治めたが、妙子だけは、あたしは止めとくけどこいさん行って来なさいと云われて、一人でこっそり見に行ったらしかった。
病室の方でも、悦子が快方に赴くに従い、無聊に苦しむようになったので、毎日のように蓄音器を鳴らしたが、旧シュトルツ邸へ越して来た瑞西人の所から、少し遠慮して貰えないであろうかと、或る日故障を云って来た。