が、いくら何でも芝居見物は母親として呑気らしいので、舞台の六代目を偲ぶよすがに、和風の道成寺の音盤を懸けて纔かに腹の虫を治めたが、妙子だけは、あたしは止めとくけどこいさん行って来なさいと云われて、一人でこっそり見に行ったらしかった。
病室の方でも、悦子が快方に赴くに従い、無聊に苦しむようになったので、毎日のように蓄音器を鳴らしたが、旧シュトルツ邸へ越して来た瑞西人の所から、少し遠慮して貰えないであろうかと、或る日故障を云って来た。
この瑞西人は大分気むずかしい人だと見えて、今から一箇月ばかり前にも、犬が吠えて眠れないから何とかして貰えないかと申し込んで来たことがあった。