シュトルツ時代には、主人シュトルツ氏以下、夫人や子供達が始終露台に現れたり裏庭へ出て来たりしたものだけれども、ボッシュ氏になってからは、夫人が時々姿をちらつかせるぐらいなもので、ボッシュ氏その人は嘗て現れたことがない。
そのくせ、露台へ椅子を持ち出して、密かにそれに腰掛けている折もあるらしいのだけれども、今度露台の鉄柵の内側へ、ちょうど椅子に掛けた人の頭の高さぐらいに、板囲いをしてしまった。
つまりボッシュ氏は、人に見られることを甚しく恐れているに違いなく、何にしても余程の変人なることは明かであったが、佐藤家の女中の話では、非常に病身な、神経質な人で、毎夜不眠症に悩まされているのだと云うことでもあった。