日本人が見ると彼女の容貌は最も支那人に近いにも拘らず、彼女自身は支那生れと云うことを否定して、南洋の方の産だと云うのであるが、南洋の何処と云うことは明かにしない。
幸子が一度招かれて行った時、彼女の部屋へ這入って見ると、すべて紫檀製の支那式家具が置いてあったと云うから、矢張事実は支那人であって、それを秘しているのかも知れない。
ただ明かなことは、彼女が東洋的魅惑と西洋的均整とを兼ね備えた妖婦型であることで、一と昔前の亜米利加の映画女優にアンナ・メイ・ウォンと云う仏蘭西人と支那人の混血児がいたが、あれにちょっと感じが似ている、或る種の欧羅巴人に気に入りそうな異国趣味の美人なのであった。