幸子は今日の午後、青山のお友達を訪問する約束をしたから、夕刻までは不在になるが、五六時頃には戻るからと云って電話を切ったが、青山でえらく引き留められて夕飯の馳走になり、七時過ぎに戻って来ると、同時に妙子が這入って来た。
実は今日、輝雄が学校から帰るのを待ち受けて、明治神宮へ案内して貰い、さっき、五時頃に二人で一度此処へ来たのだが、幸子がなかなか戻って来ないし、そのうちにお腹も減って来たので、女将が御飯を差上げましょうかと云ってくれたけれども、昨夜の独逸ビールの味が忘れられず、今夜は妙子が輝雄にローマイヤアを奢った、そして今しがた尾張町で輝雄と別れて来たのである、と云って、どうやら彼女は浜屋へ泊めて貰うことに極めているらしいのであった。
なおよく聞くと、渋谷では義兄も姉も、妙子を下へも置かぬような款待ぶりで、義兄は今朝も出がけに、こいさん折角来たのだから、今度はゆっくりして行ってくれ、狭い所で気の毒だけれども今は雪子ちゃんが留守だから、どうにか繰合せが付かなくはない、生憎僕は此処のところ忙しいが、五六日すれば暇になるから何処へでも案内しよう、尤も昼は一時間休みがあるから、今日でも正午に丸の内の方へ来てくれたら昼食ぐらいは附き合ってもよい、などと云ってくれ、今日丸ビルのプレイガイドで歌舞伎の切符を取って上げるから、二三日中に、鶴子と、幸子ちゃんと、三人で行って来給えなどと、気味が悪い程の上機嫌で、今迄こんなに義兄から親切に云われたことはないくらいであった。