妙子は昨日、汽車が沼津辺へ来た時に富士が大部分雲に隠れているのを見て、どうも前兆がよくないなどと冗談を云っていたくらいで、今度の上京の目的が達し得られるかどうかについては、今も自信を持っていないばかりでなく、本家の夫婦に籠絡されてはならないと云う警戒心も強いのであったが、それでも夫婦から珍しくちやほやされたことが満更でもないらしく、あんなことを云ってペテンにかけたら承知しないなどと云いながらも、嬉しそうな様子であった。
昨夜ほんとうの一人ぼっちで浜屋の二階に眠った幸子は、旅の空とは云えいかにも心細い気がして、夜じゅう寝られないでしまったので、これが五六日も続く佗びしさを考えていたのであったが、その晩は又ゆくりなくも十畳の座敷に妙子と二人、何年ぶりかで姉妹が枕を並べて横になった。
思えば、船場時代から娘盛りの年頃になるまで、彼女達は何年となく一つ部屋に起き臥ししたもので、その習慣は幸子が貞之助と結婚するつい前の晩まで続いたのであった。