そして、実はああ云うお電話でございましたので、兎も角も今夜の寝台券を一枚買わせておきましたところ、歌舞伎座からお帰りになりまして、それではその寝台で帰るからと仰っしゃって、大急ぎでお立ちになったのでございます、その間に蘆屋のお宅とも電話でお話しになったようでございますが、委しいことは伺うておりません、ただ電話ではよう分らないけれども、手術の時に悪い黴菌が這入ったらしいて、えらい苦しがってる云うことやさかい、あたしはこの汽車で三宮へ直行して、明日の朝駅から直ぐに病院へ行くよってに、そない姉さんに云うといてほしい、それから、渋谷の方にも小さな鞄が一つ置いてあるよってに、お帰りになります時にそれをお持ち帰り下さいと仰っしゃってでございました、と、女将はうすうす病人と妙子との関係を察したらしく云うのであったが、幸子も何かじっとしていられない気持になり、又急報で蘆屋を申し込んで貰って、雪子を呼び出した。
と、何を云うのやら、雪子の云うことが聴き取りにくくてさっぱり分らない。
それは電話が遠いのではなく、雪子の地声が小さいせいなので、彼女にすれば一生懸命咽喉を振り搾っているのだけれども、「果敢ない」と云う形容詞がよく当て篏まる、細い弱々しい声であるから、電話だと実に明瞭を欠くのであった。