それは電話が遠いのではなく、雪子の地声が小さいせいなので、彼女にすれば一生懸命咽喉を振り搾っているのだけれども、「果敢ない」と云う形容詞がよく当て篏まる、細い弱々しい声であるから、電話だと実に明瞭を欠くのであった。
で、平素から雪子ちゃんの電話ぐらい癇の立つものはないと云うことになっており、彼女自身も電話は苦手で、大概誰かに代って出て貰うのであるが、今日は板倉に関することなので、お春にも云い付けられず、と言って貞之助にも頼めず、仕方なく自分が出ているのらしかった。
幸子は、少し話していると直きに蚊の鳴くような細さになるので、しゃべっている時間より「もしもし」と云っている時間の方が長いように感じられたが、漸くきれぎれに聴き取り得たところでは、今日の午後四時頃「板倉の妹でございます」と云って電話があり、板倉が耳の手術のために入院していたこと、経過は良かったのであるが、昨夜あたりから、容態が急変したことを知らせて来た、と云うのであった。